東京地方裁判所 昭和63年(ワ)3790号 判決 1994年7月26日
主文
一 被告らは、原告に対し、連帯して金二九八万〇五八三円及びこれに対する昭和六三年四月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、これを一〇分し、その二を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
理由
一 請求原因1(ただし、原告建物が昭和五八年三月に新築されたことを除く。)及び同2(一)(1)(被告らによる建築工事の実施)の各事実は当事者間に争いがない。
二 請求原因2(一)(2)(原告建物の被害)について
1 前記争いのない事実に加え、《証拠略》によれば、以下の事実が認められる。
(一) 被告甲野は、本件敷地上に本件マンションの新築を計画し、被告乙山建設に本件工事を発注した。そして、本件工事は、建築主を被告甲野、施工者を被告乙山建設として、昭和六一年一〇月に着工し、昭和六二年七月に竣工した。
(二) 本件工事の際の地質調査により、原告土地を含む付近一帯の土地は、いわゆる軟弱地盤地帯に属することが判明していた。
(三) 本件敷地は、従前、工場用地として使用されており、同土地上には工場の仮設事務所などが存在していたので、被告乙山建設は、本件工事を開始するにあたり、まず、右工場跡地の解体作業に取りかかつたが、解体作業の際、本件敷地の地表面から約六〇センチメートルの地中に、厚さ約一〇センチメートルのコンクリートの基礎が埋設されており、右の基礎は、本件敷地から、原告建物のほか、原告建物の北側に隣接する丁野松夫宅(以下「丁野邸」という。)など近隣住宅の地下にまで延びていることが判明した。そこで、被告乙山建設は、近隣住宅への影響を考慮し、本件敷地と近隣住宅の境界から七〇ないし八〇センチメートルの部分を残して、右コンクリートの基礎の解体作業を行い、右コンクリートのうち残された部分は、後に行われた外構工事の際、ハンマードリル等により人力で撤去した。
(四) 原告建物は、昭和五八年三月に新築された木造二階建ての建物であり、原告は家族とともにここに居住していたが、本件工事の着工後、外壁、内壁、台所と浴室のタイルなどに亀裂が入り、天井、壁、柱などが交錯する部分にすき間ができ、一階台所の床が沈むなどの損傷が生じた〔なお、《証拠略》によれば、本件工事着工前に、原告建物の外壁、内壁に若干の亀裂があり、天井と壁の交錯部分など数カ所にすき間があつたことが認められるが、その程度はわずかであり、また、当時、原告建物の床が沈下していたとは認められないから、本件工事着工後、前記損傷の大部分が生じたものと認めることができる。〕。
現在、原告建物の東側部分(本件敷地側の部分)は、場所により、二・〇ないし三・五センチメートル程度不均等に沈下している。
(五) 本件工事着工後、本件敷地に隣接する住宅のうち、原告建物を除く九戸(うち四戸は本件敷地の西側に隣接し、五戸は東側に隣接している。)においても、内外壁に亀裂が生じるなどの損傷が生じた。被告乙山建設は、これに対し、別紙補修工事、補償金一覧表記載のとおり、補修工事を実施し、あるいは、補償金を支払つた。
(六) 昭和六二年七月、被告乙山建設は、原告に対し、原告建物の損傷に対する相当額の補償金を支払う旨提示したが、結局、両者間で話がつかなかつた。また、同年九月、同被告は、葛飾簡易裁判所へ損害賠償等調整調停を申し立てたが、右調停も不調に終わつた。
2 右事実によれば、原告土地を含む付近一帯の土地は軟弱地盤地帯に属していること、本件工事に際し、原告土地の地下にまで延びているコンクリートの基礎の解体、撤去作業が行われたこと、本件工事着工後、原告建物に前記損傷が生じ、また、本件敷地の他の近隣住宅にも何らかの損傷が生じていること、被告乙山建設は、原告を除く他の近隣住宅に対しては、補修工事を実施し、あるいは、補償金を支払つており、原告に対しては、補償金ないし賠償金の支払を数回にわたり申し出ていることが認められ、これらの事実を総合すると、原告建物の前記損傷は、本件工事の際のコンクリートの解体、撤去作業によつて発生したものと認めるのが相当である。
三 請求原因2(二)(暴力団を利用した脅迫、強要)について
請求原因2(二)については、これを認めるに足りる証拠がない(《証拠略》中には、右事実に沿うかのような記載部分が存するが、これのみでは右事実を認めるに足りず、他にこれを補強する証拠もない。)。
四 請求原因3(被告らの責任)について
1 被告乙山建設
前記二1で認定したとおり、本件敷地の地下に埋設されたコンクリートの基礎は、本件敷地から原告土地の地下へ向けて延びており、原告土地は軟弱地盤地帯に属していたのであるから、建築業者である被告乙山建設としては、右コンクリートの解体、撤去作業が原告土地の地盤に少なからぬ影響を及ぼし、原告建物に沈下や傾斜等の被害を生じさせるおそれがあることを予測し得たというべきである。そして、そのような場合には、被告乙山建設は、工事施工者として、原告建物の沈下、傾斜等が生じることを防止するため、原告土地の地盤強化などの適切な措置を講じるべきであつたのに、これを怠り、右コンクリートの解体、撤去作業を行い、その結果、原告建物に前記損傷を生ぜしめ、原告に損害を与えたものであるから、被告乙山建設には右損害を賠償する責任がある(なお、鑑定書中には、原告建物が十分な耐震構造となつていなかつたことをうかがわせる記載があるが、前記認定のとおり、被告乙山建設は、本件工事着工前、原告建物の内外を写真撮影し、原告建物の構造等、その状態を一応把握していたと考えられるのであり、工事施工者としては、右状態に即応した適切な措置をとるべきであつたのだから、このことにより同被告が責任を免れるものではない。)。
2 被告甲野
被告甲野は、マンション事業の専門家として相当の規模と実績を有する会社であるから、前記認定にかかる状況下において、前記コンクリートの基礎の解体、撤去作業を行えば、原告建物に沈下、傾斜等の損傷が生じることを予見し得たというべきである。そして、本件工事の建築主として、施工者である被告乙山建設に対し、適切な指示、監督をすることも可能であつたのに、これを怠り、右解体、撤去作業を実施させた同被告には、本件工事の注文、指図に過失があつたものであり、原告建物の前記損傷につき賠償する責任がある。
五 請求原因4(損害)について
1 物的損害
原告は、原告建物の損傷を修復するためには、家の基礎自体を造り替える必要があるとして、これに沿う内容の陳述書及び見積書を提出するので検討する。鑑定の結果によれば、原告建物のコンクリート布基礎は、本件工事により破断している箇所はなく、連続性を保つたまま傾斜沈下しており、このことにより、原告建物は、安全上及び機能上、ほとんど影響を受けていないものと認められるし、前記二1で認定したとおり、原告の隣家の丁野邸が代金二六万円で補修工事を終えており、他の近隣住宅も、同程度かそれ以下の金額の補修工事の実施ないし補償金の支払に応じていることをも考慮すると、原告建物の補修としては、建物の基礎を造り替えるまでの必要はないと考えられる。
また、原告は、本件鑑定は、原告建物の完全修復に要する費用を査定したものではなく、今後居住するうえで機能上、安全上支障を生じない範囲での修復に要する費用を算出したにすぎず、原告建物の耐用年数を鑑定時より一五年とし、本件の損傷により、それが一二年になつたとして、原告建物は基礎造り替えに要する費用及び関連工事費用の二割だけその価値を減じたとする本件鑑定には確たる根拠があるわけではないと主張するが、原告建物の構造、老朽化の程度、本件工事による損傷の程度等を総合考慮すると、右の鑑定は相当なものと考えられ、結局、鑑定時(平成四年一〇月一六日)における原告建物の補修費を二六八万〇五八三円とする鑑定の結果は、これを採用することができる。
したがつて、原告は、本件工事により右金額の損害を被つたものと認められる。
2 慰謝料
原告は、本件工事による騒音及び振動、原告建物の物的被害、暴力団による脅迫、強要により精神的被害を受けたとして慰謝料を請求するが、本件工事中の騒音、振動によつて受忍限度を越える騒音、振動が発生したことを認めるに足りる証拠はなく、また、原告建物の損傷により、財産価値の賠償によつても償われないほどの精神的苦痛を原告が被つたと認めるに足りる証拠は存しない。そして、暴力団を利用しての脅迫、発要を認定することができないことについては、前記三で述べたとおりである。よつて、原告の慰謝料請求は、これを認めることができない。
3 弁護士費用
弁論の全趣旨によれば、原告が本件訴訟追行を原告代理人らに委任し、相当額の費用及び報酬の支払を約しているものと認められるところ、本件事案の性質、審理の経過、認容額等に鑑みると、原告が本件不法行為と相当因果関係のある損害として被告に賠償を求め得る弁護士費用は、三〇万円とするのが相当である。
六 以上の次第であるから、原告の被告らに対する本訴請求は、二九八万〇五八三円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和六三年四月一〇日(本件不法行為の日の後であることが明らかである。)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 滿田忠彦 裁判官 加藤美枝子 裁判官 足立 勉)